猪名川霊園/David Chipperfield

この建築は,兵庫県の山奥にある霊園の事務所・休憩所・礼拝堂である.

今から三年程前の2018年の夏に訪れた.

設計はイギリスを代表する建築家の一人であるデビッド・チッパーフィールドである.
山の斜面にひな壇状に設けられた霊園の勾配に合わせて,屋根を掛けるというシンプルで明快なコンセプトで設計されている.


重厚でソリッドなヴォリュームに開口部を穿つ.
このような建築は,日本建築の文脈からはかけ離れており,西欧の石造建築文化の文脈であると感じさせるものである.

そんな建築ではあるが,街から遠く離れ,木々に囲まれた山間の立地であることや,地形と一体化するような造形からかその在り方・建ち方にそれほど違和感は覚えなかった.


柔らかな風合いの赤いカラーコンクリートは,サンドブラスト仕上げ.
養生をして砂を吹き付けてコンクリートの表面を削るというもの凄い手間が掛けられている.
流石にユニークな表情で魅力的である.

中庭を組み合わせた,非対称な平面計画により,片流れの屋根が一連の勾配で掛けられているにも関わらず,立面は複雑な表情をもっている.また,霊園中央を貫く階段の動線を中央に受ける配置で,建物自体が霊園の門として機能するようになっている.


日本の木造建築のように細かな芸を積み重ねるような造りではない.
分厚い壁と屋根がざっくりとした空間を構築している.

人のふるまいに寄り添い,機能を組み合わせて形作られたものではない.
塊を置く,削る,穿つ,空間を発掘するような操作によって形作られている.

そうしてできた建築は,洞窟的な空間の強度を感じさせる.

このような空間を“素地の空間”と呼ぶならば,
時代が変わり,文化が変わり,使われ方が変わり,人々の感性が変わったとしても,
素地の空間においては,空間の魅力,存在の強度は損なわれない.

それがこのような建築の在り方である.
それは,墓地ないし墓石が恒久的な素材(主に石そのもの)によって作られることと近しい意味を持つ.

このような力強い,しかし,ある種の寛容さが前提となる建築が実現する背景には,
やはり,建築主の力強い思想が存在している.


この霊園の経営者は埼玉県にある狭山湖畔霊園と同一である.狭山の霊園も非常に手の込んだ魅力的な建築が建てられている.

魂が森に帰るという思想に基づいたスイスの墓地に感銘を受け,自然の豊かな場所に霊園をつくっているそうだ.

この建物も宗教・宗派を超え,心安らぐ場所として相応しい“永遠性”をテーマに構想したとのこと.納得のいく説明である.

また,建築の文化的・社会的役割に意識的でそれを“育むことが自身の義務”とまで語っている.
素敵だと思う.このような言葉が建築家以外から発信されることにはとても励まされる.

建築という存在,あるいは事業を歴史・文化・社会の一部として,それらとの接点として,或いは結節点として,位置づけて考えられる人がどれほどいるだろうか…


爽やかな中庭が設けられ,無機質な建築を彩っている.
基本的には中庭に面して設けられた開口部から採光が取られるが,
ところどころで反射光として,自然光を間接的に空間へ引き込んでいる.
それにより,陰影に柔らかなグラデーションをもたらしている.

先に寛容さが…と書いたが,それは素地の空間として純度を求めるほどに,建築を形作る壁や屋根が温熱環境を始めとする人の居心地の良さに最適化された現代的な工法から離れていってしまうことにある.

実際のところ,この建築においても完全に振り切るわけでもなく,上手くバランスを取っていることが分かる.人が長く滞在する事務所スペースや,休憩所は内装を板張りとしており,ガラスもペアガラスを採用しているが,空間の神性・非日常性がより求められる空間においては,コンクリートの躯体を表すインテリアにシングルガラスを採用している.

写真でも見てとれるが,ペアガラスを使うと二枚のガラスで像が反射して,ガラスの存在感が強まる.一方,礼拝堂のシングルガラスではガラスが無いように見えて,庭との一体感が強く感じられるのである.

現代社会に身を置いていると,自然との距離が次第に遠のいていく.
物理的に,感覚的に…

生と死という,人の根源的で自然な現象と向き合うこの場で時を過ごすことは,
改めて人間社会の外側との距離感を確認し,人生における価値基準を見直す機会となるかもしれない.

光と影のどちらもが存在し,それが対立するでもなく,隔てられるわけでもなく,
移ろっていく.

どちらも在るから美しい.

有ることと無いことは表裏一体であり,双方を一体的に理解して初めて真の価値が現れる.

何も無いようであらゆるものを見出すことができる.
空間とディテールの力強さ,存在と空白の大らかさが,包容力もたらした建築であった.